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死にたくないのに死んでいくのはなぜか


 皆様は現在生きていらっしゃいます。生きていらっしゃる以上、生活を考えずにはいられません。しかし、生活するということは人間の本然の願いを叶えることにはならないのです。

 生活は現世での限られた時間帯でのできごとです。永遠を意味することにはならないのです。こんなことは分かりきったことですが、分かっている人はいないのです。

 皆様の本質は死にたくないと思っているのです。仏教的に言えば、これは本願です。一体死にたくないという願いは何だろうか。なぜ人間は死にたくないと思うのでしょうか。

 皆様は常識的には死なねばならないと思っているのです。常識的には死なねばならないと考えていながら、他方で死にたくないという非常に強い願いを持っているのです。

 白人は死を非常に恐れるという傾向が強いのですが、日本人は死ぬのが当たり前だと言っている人が相当いるのです。死ぬのが当たり前と言っていながら、やはり心の中では死にたくないと思っているのです。

 死にたくないというのは偽らざる人間の本心であり、本性です。本質でもあるのです。ところが皆様は死なねばならないという常識を持たされているのです。これはどういうことでしょうか。死にたくないのなら死にたくないという本心が、そのまま皆様の生活の基本にならなければならないはずです。ところが、死にたくないという思いが皆様の生活の基調にはならないのです。死ななければならないという気持ちの方が、生活の基本になっているのです。これはどういうことでしょうか。

 もし皆様が命の本質を正当に理解されているとしたら、死ななくてもいいことが分かるに決まっているのです。

 命は本来死ぬべきものではないのです。死ぬはずがないものが命です。死なねばならないと考えるのは、肉体的生命の方です。肉体的生命によって生きていれば死なねばならないとなるのです。

 ところが、皆様が命の本質をご覧になると死ななくてもいいのです。霊魂不滅という言葉がありますように、霊魂は死なないのです。

 しかし、霊魂不滅という言葉は、良い意味での不滅と悪い意味での不滅と両方あるのです。

 魂は神の続き柄です。神の親戚です。魂は神にかたどって造られたのです。皆様の心理機能の本質は、神の心理機能がそのまま植えられているのです。

 現在の皆様が神の本質のようなすばらしい聡明な感覚を与えられているかと言いますと、そうではありません。

 なぜかと言いますと、現在の皆様は与えられている能力性の十分の一以下しか活用していないからです。皆様は自分の持ち前の能力の五、六%しか活用していないのです。

 なぜこういうことになっているのか。皆様の脳細胞の大半が眠っているからです。ここに問題があるのです。

 ここに人間の業(ごう)という問題があるのです。人間がこの世に生まれてきたということは業です。魂だけなら業にならないのですが、魂が肉体を背負い込まなければならないような人生を押しつけられた。これが業です。カルマです。

(内容は梶原和義先生の著書からの引用)


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