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彼岸とは何か


 般若心経が言っていますのは、彼岸に渡ることを言っているのです。彼岸とは何かと言いますと、本然性のことです。人間の本然性に帰ること、彼岸に帰ることです。人間の本願を獲得すること、本心のとおりに生きることです。これが彼岸に帰ることです。

 般若波羅蜜多ということが、人間がこの世に生まれてきた唯一最高の目的です。しかし、般若心経が言っていますのは抽象世界でありまして、具体的な実体ではありません。

 これを宗教ではない神の聖書に基づいて考えますと、彼岸の実体が明々白々に捉えることができるのです。神の国がそれです。

 神の国という言葉だけを聞きますと、抽象概念のように聞こえますけれど、聖書にある神の国の記述を集大成していきますと、神の国は明々白々に見えてくるのです。

 神の国を見ること、また神の国に入ることがカルマを果たすことになるのです。ノルマを達成したことになるのです。現代文明というものは、キリスト教の指導によってできていますけれど、実は白人の習慣なのです。

 白人社会の生活習慣はどこから来ているかと言いますと、ユダヤ人の世界観から来ているのです。ユダヤ人の世界観が白人生活の基礎になっているのです。

 皆様は好むと好まざるとに係わらず、白人主義的な世界観に立たなければ生活できないような状態にさせられているのです。ここに現在の日本人の非常に大きい役割があるのです。

 現在の日本の社会は考えるという点でこれほど自由な国はありません。何を考えても全く自由です。社会の治安を混乱させることがない限り、何を考えようと、何をしようと全く自由です。

 キリスト教が間違っているというのは日本だから言えるのです。もしアメリカやヨーロッパで、私のようにキリスト教が間違っていると言えば殺されるでしょう。

 聖書の見方が根本から間違っているのです。キリスト教神学の根底には、ユダヤ人の世界観がへばりついているのです。これに基づいてキリスト教の教義が成立しているのです。

 仏教の世界観は抽象概念でありまして、弥陀の浄土という考え方、大日如来という考え方は抽象概念です。また、抽象人格です。具体的に実存した人物ではありません。

 従って、歴史的に生きている皆様をはっきり取り扱うことは不可能です。キリスト教のキリストは抽象人格でありまして、救い主ではありますけれど、具体的な人間の救いにはならないのです。こういう所に現代文明の病理があるのです。

 今の日本人が一番学ばなければならないことは、本当の人間とは何かということです。人間の本当の願いはどうしたら実現するのだろうか。ユダヤ人問題を冷静に、平明に究明できるのは日本人だけです。

 それはヨーロッパ社会のようにユダヤ人の影響を受けていないからです。ユダヤ人の外に立ってユダヤ人を評価できるのは日本人だけです。

 現代文明の外に立って新しい世界観を創建すること、改めて人生の見方、聖書の見方、人間の命の見方を全世界に提唱するということが、日本人の役目です。

 現在、核兵器の問題でアメリカとイラン、アメリカと北朝鮮が押し問答を続けています。核兵器が悪いということは誰が考えても分かりますが、軍備拡張を続けているために、国と国民がどれほど迷惑をこうむっているか。国が疲弊してしまっているのです。

 アメリカとイランがいくら話し合いをしても解決点が見い出せないのです。アメリカと北朝鮮が話し合っても解決できないのです。

 アメリカはイランが信用できないし、イランはアメリカが信用できないのです。なぜお互いが信用できないのか。命が分からないからです。死なない命が分からないからです。

 私たちは死なない命を見つけるための新しい世界観の創建が必要です。死なない命を見つけるためにはどうしたらいいのか。

 宗教ではないというのはどういうことか。宗教ではないというのは公義ということです。人権、人権とやかましく言いますけれど、果たして公義に当てはまるものかどうかです。

 今の文明の混乱の原因は何かと言いますと、本当の正しさが分からないからです。公義というのは神の本性のことです。皆様の心臓が動いていること、目が見えること、手足が動くこと、自然法の原理が公義です。これが神です。

 皆様の心臓が動いていることが神という事実です。神は事実であって、公義を人格的に言いますと神になるのです。機能的に言いますと、命になるのです。

 神を正確に掴まえるために、今までの自分の考え方の間違いをはっきり認めることが必要です。そこで般若心経の究竟涅槃を学ぶことが必要です。

 涅槃というのは、人間が消えてしまうことです。消えてなくなってしまうことです。それには今までの人間の考え方を棚に上げて、もう一度出直そうという勇気が必要です。これが般若心経がいう涅槃です。

 皆様はこのままでは死んでしまうしかないのです。ですから、生活をしながら死なない命を勉強しなければならないのです。死なない命を掴まえたらノルマを果たしたことになるのです。

 昔は人間は一生の間修養するのだと言っていました。現在ではそういう考え方は通用しませんけれど、経済大国になった日本人は人間文明の病理に冒されてしまったのです。

 人間は本然性を学ぶために生まれてきたのであって、ただこの世で生活するために生まれてきたのではないのです。

(内容は梶原和義先生の著書からの引用)


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