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ユダヤ人の罪悪

人間は幸せになりたいと思っていながら、幸せとは何かを知らないのです。健康だと幸せだと思いますが、なぜでしょうか。  人間が生きている以上、その原因になるべきものがあるに決まっているのです。これを誰も考えようとしない。これは現在の文明の非常にいいかげんなところです。ただ生きていればいいという、実に無責任な考えです。  なぜ現世に生きていればいいという考えができたかと言いますと、ユダヤ人がキリストをつかまそこなったからです。そこで、現世で、キリストに代わるものをつくり出そうと考えた。こういうユダヤ民族の考えが、全世界の文明の構想をつくっているのです。  文明は広い意味で言えば、一種の宗教です。ユダヤ教の宗教観念が、現在の学問になって現われているのです。大学で皆様が勉強したものは、全部宗教です。だから大学で勉強したことは、社会ではほとんど役に立たないのです。  現世に生きている人間の物の考え方が、学問になって現われている。大学教授はそれを真理のように見ているのです。真理のように思わなければ、月給がもらえないからです。学問はなくても、少しも困りません。ない方がかえって命がよく分かるのです。学問を勉強すればするほど、人間の魂が盲目になってしまうからです。  人生はこの世だけではありません。人生がこの世だけと思いこんでいる原因は、学校教育の悪さによるのです。人生がこの世だけだという考えは、近世思想です。中世まではそんなことは考えなかったのです。古代の人達は、死んでからの命を、十分に考えていたのです。ピラミッドやスフィンクスが示すものは、古代エジプトの人々が、どれほど死後の世界を大切に考えていたかということです。  古代の人間は、死んでからのことを非常に強く考えたのです。現世で損をしても、死んでからのことが大切だということを、いつも頭に置いていたのです。  後生という言葉が、昔は通用したのです。後生大事と心得て生活せよとか、後生大事と心得て嘘をつくなと言ったのです。明治維新まではこう考えたのですが、明治維新以後は、人間が愚かになったのです。薩長が人間を愚かにしたのです。現世、現世といって、現世のことをやかましく考えすぎた。その結果、日本人が全く霊魂を考えなくなった。これほど文明は悪いものです。  教育制度が、人間を愚かにしているのです。教育が完備すればするほど、その国民は命を考えなくなるのです。健康のことは考えるが、命のことは一切考えないのです。こういう愚かな思想が、全世界に蔓延している。これについて、誰も不思議に思わなくなっている。これほど現代人は愚かになっているのです。  人間は幸せになりたいと思っていながら、その方向が分からないのです。今の文明人は生活のことは分かりますが、生命のことは何も分からないのです。これをユダヤ主義というのです。  私はユダヤ人を誹謗するつもりは全くありません。私の言っていることが、ユダヤ人に聞こえてくれるとありがたいのです。そうしたらユダヤ人は反省するでしょう。近世までのユダヤ人は、今日のユダヤ人ほど愚かではなかったのです。古代から中世までのユダヤ人は、あまり利口であったとは言えませんが、今日ほど愚かではなかったのです。  古代から中世にかけてのユダヤ人は、まだ神を考えようとしていたのです。ところが考えても考えてもどうしても神が分からない。そこでとうとう神を考えることをやめてしまったのです。これがニーチェの考えです。そうして、この世に生きることだけが大事になった。後生大事という考えがなくなったのです。  後生大事は、日本人の人生観の基本でした。親孝行の問題でも、法律を守るという問題でも、上司を敬うという問題でも、全部後生大事という考えからきていたのです。  明治維新までは、こういう考えがあたりまえでした。文明開化によって、こういう考えが全くなくなり、愚かになったのです。  西洋文明が入ったために、個々の人間が、現世の命ばかりを考えるようになったのです。文明思想によって、人間本来の素朴さが、全くなくなったのです。  文明によって、魂のこと、命のことを、全然考えないようになってしまった。医学は病気は治しますが、いくら病気が治っても、やがて死ぬのです。医学は人間の精神をいやさなければならないのです。般若心経と聖書の勉強は、医学になるのです。  人間の幸せは何かと言いますと、命を仕向けているものに対して、仕合わせるのです。神が人間に仕向けでいます。この世に生まれたというのは、神が仕向けたのです。これに対して仕合わせればいいのです。  文明は仕向けるということを全然考えずに、ただ生きていればいいと言うのです。生きているというのは、目的があって、それに仕合わせることを言うのです。  皆様は自分の意志で生まれたのではありません。生まれたいと思わないのに、強制的に生まれさせられたのです。なぜ生まれさせられたのかという理由を心得て、生まれさせられた目的に合うように生活することを、仕合わせるというのです。  大学で教えている学理学説は、命という観点から言うと、嘘ばかりです。現象的には本当のことですが、全体的に考えると嘘になるのです。法律学の根本が嘘です。人を殺してなぜ悪いかということの根本原理が分からないのです。  もし本当に人を殺して悪いのなら、なぜ戦争で人を殺してもいいのでしょうか。広島に落下された原子爆弾一発によって、14万人以上が殺された。人を殺して悪いのなら、なぜ原爆が投下されたのでしょうか。  戦争でたくさんの人を殺した人が、英雄になるのです。だから、人を殺して悪いという簡単なことが分からない。どうして人を殺して悪いのか、説明ができないのです。  子供の時は素朴で、賢かったのですが、学校へ行って愚かになったのです。なぜたくさんの専門学ができたかと言いますと、現世に生きている人間について、何か正当に思える理屈をつけなければ、ユダヤ人の面子が立たないのです。ユダヤ人は神を捨てたのです。キリストを捨てたのです。だから、キリストにかわる理屈を考え出さなければならないのです。これが近代文明が始まった理由です。  ユダヤ人はイエスがキリストであることを、信じたくないのです。ユダヤ人が経済的に力を持っているとか、政治の背後にいて、革命や暴動を画策しているから悪いと言っている人がいます。そんなことは小さなことです。ユダヤ人の心構えが悪いのです。世界全体の人間の思想を毒していることが悪いのです。  ユダヤ人は宗教的罪悪、思想的、学問的罪悪を犯しているのです。お金を持っているとか、政治の中枢をおさえているということは、どうでもいいのです。  ユダヤ人が悪いのは、神を信じないこと、キリストを信じないことです。キリストを信じないだけならいいのですが、現世の人間生活を飾りたてて、キリストを信じないようにさせている。これがユダヤ人の最大の罪悪です。  文明を肉の思い(人間の思い)という理屈で飾りたてたのです。科学、経済というアイデアで飾り立てたのです。学理学説はいかにも立派な真理のように見えますが、ただの生活の知恵なのです。これが専門学です。肝心の命については何も分からない。国が何のためにあるのか、人間の歴史が何のためにあるのか分からないのです。  聖書をよく調べてみますと、世界に色々な国があるのは、神をつかまえるためなのです。色々な国の民族奥亡の歴史を勉強すると、神が分かるようになっているのです。そのために国があるのです。  ユダヤ人の宗教感覚、政治感覚が、全世界をおおっているのです。もうこれで人間文明は終りです。人間の運命はこれで終わりです。  文明はこれ以上進歩しません。進歩させる方法がないのです。バイオテクノロジーを研究しても、新しい品種の作物をつくるだけです。クローン生物をつくるだけです。コンピューター、ノンターネットの普及で、膨大な情報の洪水の渦にのみこまれるだけです。こういうことは人間の命にとって、どうでもいいことです。人間はしなければいけないことを全然していない。どうでもいいことばかりをしているのです。  皆様は花を見て美しいと思われます。花が咲いている世界は、皆様が生まれる前の世界を現しているのです。皆様は生まれる前に、花がきれいだということを、経験していたのです。それを現世で、もう一度経験しているのです。見ているものも、食べているものも、聞いているものも、全部生まれる前の命を、現世で経験しているのです。  考えてみたら分かるのですが、現象世界があるというのは、その原形がなければならないのです。原形がなければ、森羅万象は現れるはずがないのです。  例えば家を建てる時、図面をつくつて、見積りをします。これをしなければ、支払いのめどがたたないのです。神も人間も、同じような工程をしているでしょう。現象世界ができるためには、その原理、原形になる世界が当然あったはずで、それを見つけると永遠の命が分かるのです。  皆様が見ている生物は、人間が見てちょうどいい大きさになっているのです。バッタやスズムシが、象のような大きさだったらどうなのでしょうか。バッタの大群がやってきたら人間は踏みつぶされてしまうでしょう。  食べるものの大きさも味も人間にとってちょうど良い状能だなっている。リンゴや桃が富士山のように大きかったらどうやって運ぶのでしょうか。味も人間にとってつごうのよい味になっているのです。  こういうものを一体誰がつくったのでしょうか。皆様がつくられる前に、皆様は地のちりだったのです。宇宙に漂うちりだったのです。地のちりである人が、神と相談してつくったのです。こういう驚くべきことが聖書に書いてあるのです。  人間には、四つの状態があります。ミカンやリンゴの原型を作った人が、第一態の人間です。第一態の人間は、万物がつくられる前の人間です。第二態の人間は、万物がつくられた後の人間を言います。第三態の人間は、現在の死ぬにきまっている人間です。第四能の人間は死なない人間、神の子になった人間で、イエスです。この人が一番すばらしいのです。この四種類の人間がいるのです。  現世で皆様がしてることは、全部生まれる前の復習をしているのです。これに気がつくと、死なない命が分かるのです。生まれる前のことは、現世を去ってからでも続くのです。命が生まれる前のものだと分かった人だけが、死なないことになるのです。そうするとふるさとへ帰ることになるのです。  パウロは言っています。「これらの人はみな信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを見て喜び、そして地上では旅人であり、寄留者であることを、自ら言い現わした。そう言い現わすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している。もしでてきたところのことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。しかし実際彼らが望んでいたものは、もっとよい、天にあるふるさとであった。だから神は彼らの神と呼ばれても、恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである」(新約聖書へブル人への手紙11・13~16)。  これは宗教ではありません。仏教には古里という思想がありません。日本の神道にも全然ないのです。  人間はこの地上では、寄留者なのです。旅人です。ところが、人間はこの世で、死なないように死なないようにと、この世にかじりついているんです。それが間違っているのです。この世にかじりつく必要はありません。この世から出てきた人は、一人もいないからです。生まれる前の世界から出てきたのであって、生まれる前のことが分かる時に、初めて本当の人生観が確立されるのです。  人間は、過去、現在、未来という三つの時間的区分をすることが習慣になっています。昨日があり、今日があり、明日があるのです。過去、現在、未来を考えなければ、生活ができないのです。  これほどういうことかと言いますと、人間の精神構造、人格構造は、過去、現在、未来の三つの感覚を、生まれながらに持っているのです。これは人間の命の構造が、生まれる前の生命と、現在の生命と、死んでからの後の生命があることを、証明しているのです。精神構造は、生命構造の模型です。  昨日があったことを知っている人は、生まれる前の命があったことを知っているはずです。これが分からないのは、文明構造によって皆様の魂が、盲目になってしまったからです。  人間が人間を教育することが最も悪いのです。犬が犬を教育するようなことになってしまいます。犬が犬を教育しても、ろくな教育ができるはずがないのです。  人間が犬を教育する。人間が馬を教育するのです。だから人間を教育するのは、人間以外のもの、神でなければならないのです。  神が人間の教育をするのはあたりまえです。ユダヤ人はそれをいやがって、人間が人間を教育しようと考えた。これが教育主義、民主主義、人権主義の思想です。人権を尊ぶのはいいのですが、現世に肉体をもって生きている人間をそのまま容認しますと、かえって人間は死んでしまうのです。  人間の欲望、自尊心、虚栄心をすべて容認しますと、人間はふやけてしまうのです。民主主義の人間は、ふやけてばかになっているのです。世界の大部分の人間は、ふやけてしまっているのです。世の中全体が、がたがたになってしまうのです。大都会がそうなっているのです。  現在、人権というキリストが、世界を横行しています。人権は、人間がつくつたキリストです。聖書はこれを、偽キリストと言っています。ユダヤ人がつくつた偽キリストが、人権思想です。やがて本当のキリストが再臨しますと、本物と偽物、善と悪がはっきり区別されます。その時初めて、命が尊重される時がくるのです。命が尊重されると、人権というばかなことを言わなくなるのです。  そうして、人間の心の中から泥棒根性が消えてしまうでしょう。だましたり、嘘を言ったり、焼きもちをやく気持ちが、なくなるのです。  地球の条件ががらっと変ってしまいます。天候が理想的な状態になって、年に5、6回、米や麦が収穫されるようになるでしょう。牛や豚、魚も、早く成長するでしょう。津波も、地震も噴火、台風、洪水、伝染病のない地球になるでしょう。  セックスも神も喜ぶものになるでしょう。人間の生活が、神を喜ぶ生活、キリストの再臨を称える生活にかわってしまうのです。そういう1000年間の黄金世界がやってくるのです。人間が魂を重んじる世界になるのです。私はそういう世界が必ず実現できると確信しています。そのためには、ユダヤ人が自分達の罪悪を悔い改めて、イエス・キリストの復活を受け入れなければならないのです。  その前に、現在の文明は崩壊するでしょう。原子構造の領域、遺伝子の領域は神の領域で、人間は触れてはいけないのです。それに人間が触れだした。これが人間文明終焉のしるしです。人間の悪がきわまったのです。  ユダヤ文明は、最も悪いものです。人間と世界を滅ぼしてしまう悪逆の根源が専門学です。専門学を野放しにしたことが、文明の致命傷です。クローン人間製造の研究、遺伝子組替えの研究、生物化学兵器の研究、核兵器開発の研究は、人間と地球を破壊するところまで進むでしょう。誰も止められないのです。文明崩壊は時間の問題になってきたのです。このことをよくご承知頂きたいのです。

(内容は梶原和義先生の著書からの引用)


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