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とこしえの命を得る為に (2)


はじめに

 人間が現在生きているという気持ちは、はかないものです。死ぬに決まっていることが分かっていながら、それをどうすることもできない。死にたくないという気持ちを持っていながら、死にたくないという畢生の望みを、捉えることができないもどかしさがあります。これは、実は、命を間違えて考えているからです。

 命には、死ぬに決まっている命と、死なない命と、二つあるのです。死ぬに決まっている命は、肉体的に生きていることを、自分の命だと考えていることです。肉の思いは死である(ローマ人への手紙8・6)という言葉がありますように、肉体的に生きている命を自分の命だと考えていますと、死ななければならない命を受け止めていることになります。

 もう一つの命は、肉体的に生きている命ではなくて、命の本質が何かを考えることです。肉体的に生きているのは、一つの状態です。コンディションですが、状態的な命ではなくて、本質的な命を見ようと考えたらいいのです。そうすると、死なない命が分かるのです。

 命の本質は何かというと、魂ということなのです。聖書に、生ける魂、リビング・ソールという言葉があります。リビングしているソールなのです。生きている魂を自覚するようになれば、死なない命が分かってきます。

 魂と、人間は別なのです。これがややこしいのです。人間と魂は同じものだと宗教家は言います。そのように、誤魔化すのです。これがけしからんのです。

 固有名詞の人間は、世間に通用する人間です。これを自分だと思っていると、必ず死にます。絶対に死にます。

 イエスは固有名詞の自分、人間としての自分を、自分だと思わなかったのです。彼は、自分の母親に向かって、女よ、おまえと私と、何の関係があるかと言っているのです。何の関係があるかといって、親子なのです。それなのに、こんなことを言っているのです。これは、イエスが、ナザレ村の大工であることを、忘れていたのです。イエスはこういう男です。

 魂が自分であることが分かると、人間としての自分が、自分ではないことが分かるのです。

 魂とは何かと言いますと、神の子なのです。イエスは、私は生ける神の子であると言っています。リビング・ゴッドの子であると言っています。生きている神の子が、リビング・ソールなのです。リビングという点では、神も、人間も同じなのです。人間が鼻から息を出し入れしていることが、リビングなのです。目が見えることが、リビングなのです。これに気づくことです。この本質が分かると、死なない自分が分かるのです。

 魂というのは、生活機能の精髄、エッセンスなのです。生理機能、心理機能の精髄です。霊魂が分かりますと、情緒ががらっと変わってくるのです。例えば、花を見ても、ただ美しいというだけでなくて、美しいということが、魂の命に重大な関係があることが、分かるのです。

 なぜかと言いますと、人間の脳は、五%しか働いていないからです。あとの九十五%は、眠っているのです。だから、今の人間は生きているかっこうをしているけれど、本質的には死んでいるのです。脳の九十五%が眠っているからです。

 聖書に、眠れる者よ起きなさいという言葉があります。今は、眠りよりさむべき時であるという言葉もあります。死人のうちから出できたれと言っています。この通りになっているのです。人間の脳細胞は、眠っています。この頭で、物事がいいか悪いかの判断ができるはずがないのです。

 人の命の本質が、魂なのです。目が見えること、視覚意識の根源が、魂の情緒なのです。魂の情緒が見ているのです。花が美しいということと、永遠の命と、非常に大きい関係があるのです。

 美しいとはどういうことかが分かりますと、死なない命が見えてくるのです。これが、イエスの見ていた見方なのです。イエスが、どのように見ていたかを勉強すれば、分かってくるのです。

 例えば、マグロの刺身を食べるとします。マグロの味は、魚屋がつけた味とは違います。花の美しさは、花屋が造ったのではないのです。そうすると、誰が造ったのか。天地の公義が造ったのです。自然法の原理が、造ったのです。

 味とか、かおりとか、美しさが分かってきますと、魂が初めて目を覚ますのです。五十年、六十年生きていて、美とは何かということを、魂の角度から見たことがないからいけないのです。

 一番重要な美は、女性の美しさです。これが分かっている人は、めったにいないのです。女性の美しさは、どんな花よりも、どんな景色よりも、美しいのです。これが分かると、魂は、はっきり目を覚ますのです。今までの享楽主義的な見方、自分の家庭のふるまいが、間違いであったことが分かってくるのです。その時に、本当の人生が分かってくるのです。

 人間は、現在、命を経験しているのです。ただ、経験のしかたが悪いから、死んでしまうのです。これをよく考えて、魂の勉強をまじめにして頂きたい。魂の勉強をすることが、この世に生まれてきた目的なのです。

 商売をすることが目的ではない。給料をもらうことが目的ではない。魂の勉強をすることが目的なのです。そのために、五官という機能が与えられているのです。

 今までの命は、死んでいる人間の命です。生きている命を、経験しなければならないのです。これが、死なない命に到る方法です。

(内容は梶原和義先生の著書からの引用)


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