神の言葉人間の言葉は理性的に働く言語作用とか、文章によって現われる思想的なものになって現わているのです。人間の考えは思想的なものばかりです。本当の命はありません。 聖書を学ぶ時に、聖書の言葉を哲学以上のものとして学んでおいでになります。普通の言葉として学んでいますと、命になりません...
生ける神聖書の勉強が信仰の実を結ぶ形でしなかったら、ただの思想の勉強になってしまいます。そうすると宗教観念になってしまうのです。 信仰とは何か。パウロは次のように述べています。 「アブラハムはその信仰が義と認められ」とあります(ローマ人への手紙4・9)。従ってアブラハムは信仰の父だ...